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本宮立蔵社公卿石の線刻符号
 

 
大山地区の本宮にある立蔵神社境内には、公卿石と呼ばれる大石があります。この石はかつて与四兵衛山(吉部山ともいう。標高623.1m)の麓にあった巨石の一部を立蔵社へ奉納したものです。
公卿石の表面には、符号とみられる碁盤状の線刻が複数認められ、別名「碁盤石」とも呼ばれます(図1)。
この線刻のある巨石は、『大山史稿』付図「本宮付近見取図」で「碁盤石」と紹介されのが最初です。山元重男著『立山本宮』では吉部山南側に「陰刻石盤」があり、昭和48年に石原与作が吉部山南麓で発見した巨石といいます。碁盤石は別名「武蔵石」とも呼び、1978年県道建設の際、通称「道たがえ」(別名三たがえ)付近にあったものを半分に割って、立蔵社へ運び現在に至るといいます。
図1 位置図
図1 位置図
1.立蔵神社 2碁盤石出土地.
3.陰刻石盤 4.公卿石
この巨石の石材は安山岩で、与四兵衛山山中にみられる巨石の一つです。現在石は下が土中に埋まるが、大きさは長軸1.86m短軸1.45mで、南端が6箇所の電動ドリル跡で割り取られており、原形はさらに長かったことがわかります。残石は行方不明です(写真1)。
 
写真1 公卿石と岡田保造氏
写真1 公卿石と岡田保造氏
 
石の上面は自然面で、1.40m×1.10mの平坦面上いっぱいに、複数の線刻が分布します(図2)。
 
線刻は、明瞭な格子(升目)を表現するもの6箇所のほか、平行線のみのもの、不明瞭なものなどが数箇所認められます(図3)。最も明瞭なものは、縦5本横5本の太い線による格子を描き、これで区画された4升毎に、角を対角に結ぶ×印を加えます。この4×4升目全体の大きさは、12.5cm×12.5cm、升目は1辺3.1cmです。
 
図2 公卿石上面の線刻   図3 公卿石上面の線刻拓影(4×4升目)
図2 公卿石上面の線刻   図3 公卿石上面の線刻拓影(4×4升目) 
 
岡田保造大阪成蹊短期大学名誉教授によれば、西インド・ムンバイ北東の紀元前1世紀から紀元7世紀の石窟寺院群のうち、ナシク仏教石窟・エローラ石窟に、インドの伝統的な双六であるパチシの盤のゲーム盤形が彫られます。またイラン南部の紀元前6世紀ペルセポリスの巨大宮殿遺跡に3種のゲーム盤が彫られています。これらの刻文はゲーム盤と考えられます。
 
升目は魔よけの意味をもつといわれ、セネトなど升目のゲーム盤がエジプト古代王朝期の墓室の壁画に描かれたり副葬されたりしています。古代メソポタミアにおけるゲーム盤のはじまりは祭具や占具であったといわれ、セネトの升目に描かれた象形文字や画像は、神や護符を表すともいわれます。またクルナの神殿には魔よけの符である五芒星も彫られています。ゲーム盤形の刻文は、仏殿や宮殿の安泰と悪霊(敵)が侵入しないよう願ったものと考えられます。
 
日本においてもゲーム盤状刻文が存在します。岩手県平泉町の達(たっ)谷窟(こくのいわや)階段に5×2の升目が長方形に彫られます。神戸市北区有馬町瑞宝寺公園内に「石の碁盤」があります。45cm×42cmで、江戸時代以降現代に至る一般的な木製碁盤の大きさです。碁盤は、盤面にある9個の星を中心にして36升目(6×6)ずつ9分割出来ますが、これは魔よけの呪符である九字を表す三方陣の形で、碁盤が呪具として用いられています。
立蔵神社の公卿石は碁盤石あるいは武蔵石とも呼ばれますが、武蔵はわが国の遊びである十六武蔵を指すとみられ、いずれもゲーム盤を表す名です。線刻はすべて未完成で遊ぶことは困難です。
与四兵衛山南腹には、線刻のある陰刻石盤が存在します(写真2)。その線刻は公卿石と同じ升目に見えます。
写真2 与四兵衛山南腹の陰刻石盤
写真2 与四兵衛山南腹の陰刻石盤
芦峅寺から見る与四兵衛山の山容は、神名備山とみてもよい端厳さで、与四兵衛山周辺にある巨石も信仰の対象となり、神の形代あるいは依代として尊ばれました。その霊力を高めるために呪符的なゲーム盤文様を線刻したのではないでしょうか。
 
与四兵衛山は立山信仰成立との関連を指摘する説もあり、立山信仰との関係から年代や性格を掘り下げる必要があると思います。
 
 
参考文献 岡田保造・古川知明 2011年「富山市本宮立蔵社境内公卿石に見る線刻符号」『富山市の遺跡物語』第12号 富山市教育委員会埋蔵文化財センター
山本重男 2000年「立山本宮-立山信仰史に見るその変遷-」
(古川)


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