富山市埋蔵文化財センター Center for Archeological Operations,
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吉作遺跡のイノシシ形獣面突起
 

 
遺跡のあらまし
吉作遺跡は、富山市中心部から西約5kmの呉羽丘陵西麓、東西60m、南北100mの範囲に広がる縄文・奈良・平安時代の集落・窯跡遺跡です。
 
平成25年度の発掘調査で、富山市内では調査例の少ない縄文時代後期中葉から晩期の土器廃棄遺構1基・溝3条・土坑15基・ピット5基が見つかりました。調査地周辺では、南から北へ向かって流れる谷に縄文土器を廃棄し、谷の東側に縄文時代の遺構が広がることがわかりました。
 
 
遺物の概要
イノシシ形獣面突起は、調査区北側中央の土坑SK05から出土しました。
この遺物の下辺部分に接合痕があるため、土器に接合して装飾していた突起の可能性が高く、あるいはイノシシ形獣面突起が顔で、土器部分が胴部を表現していた可能性も考えられます。
大きさは横4.3cm、縦2.8cm、厚さ1.05cmのひし形です。色調は橙色で、胎土は密になり、焼成は良好です。鼻部分を前方とすると左面は円形に粘土を貼り付けた突起と棒状工具による沈線で装飾します。ほぼ中央に棒状工具で穴を開けて目を表現します。向かって左端には円形突起を貼り付け、針状工具で2点刺突して鼻を表現します。口と想定される部分にはイノシシ特有の牙が見られないため、「ウリボウ」と呼ばれるイノシシの幼獣を表現している可能性も考えられます。右面は全面に単節縄文を斜めに施します。左面が表面で、右面が裏面と考えられます。
イノシシ形獣面突起は、イノシシの顔を左斜め前から見た状態を表現しており、一目見てイノシシと判別できるほど写実的です。
イノシシ形獣面突起の時期は、小突起と沈線を多用する施文方法であること、同じ土坑SK05から出土した羊歯状文を施す精製の鉢が同様の色調・胎土・焼成であることから、縄文時代晩期中葉と考えられます。
 
 
富山県内外の事例からみたイノシシ形意匠の様相と出土の傾向
町田賢一氏は、小竹貝塚出土のイノシシ形土製品について、(1)イノシシの幼獣「ウリボウ」である。(2)小竹貝塚のイノシシ形土製品の時期は縄文時代前期後葉であり国内最古となる。中国では縄文時代早期〜前期に併行する時期の河姆渉遺跡で出土例がある。(3)イノシシ形土製品は小竹貝塚の墓域の中では磨製石斧を複数脇に副葬する特殊な埋葬人骨の傍らから出土し、祭祀的な意味合いが強い。と分析しています〔町田2013〕。
 
堀沢祐一氏は、北陸地方の動物意匠の傾向について、(1)前期末葉に出現し、中期中葉にピークを迎え、中期後葉まで見られる、その後は後期後葉の井口遺跡まで見られず、晩期は石川県野々市市の御経塚遺跡でイノシシが確認されているのみである。(2)前期はヘビの意匠が多く、縄文時代中期になるとイノシシの動物意匠が増加する、と述べています〔堀沢2004〕。
 
新津健氏は、全国の縄文時代のイノシシの意匠について、 (1)縄文時代中期初頭に東日本で出現し、縄文時代後期に広域に分布する。(2)縄文時代後期から晩期のイノシシの表現について、表現の仕方(リアルさの程度)からAからD類に分類を試み、A類を「誰にでもイノシシと判断できる」写実的な表現のイノシシである、と定義する。なお、A類は縄文時代後期〜晩期を通じて出土する。(3)イノシシ形土製品が出土する遺跡には偏りがあり、出土遺跡からは複数見つかる傾向が強い。このことからイノシシの動物意匠を必要としたムラ(集落)は、限られたムラの可能性がある、と指摘しています〔新津2011〕。
 
以上の論考から、吉作遺跡のイノシシ形獣面突起は、新津氏の分類によれば「誰にでもイノシシと判断できる写実的なA類」であり、A類は縄文時代後期から晩期を通じて出土するため、吉作遺跡の遺構や遺跡の時期と整合します。
また、富山県内では縄文時代後期後葉の井口遺跡のイノシシ形注口土器以降、未確認だった縄文時代晩期のイノシシ形動物意匠の初めての出土例になります。
全国的なな出土事例からみると、イノシシ形動物意匠は祭祀的な意味合いが強く、出土する遺跡に偏りがあるため、イノシシ形獣面突起が出土した土坑SK05は祭祀に関連する遺構と考えられ、吉作遺跡は祭祀を司った特殊なムラ(集落)の可能性があるといえるでしょう。
 
イノシシ形獣面突起
 
参考文献
新津健 2011 『イノシシの文化史考古編』雄山閣
堀沢祐一 2004 「北陸地域の動物意匠について」『考古学ジャーナル』No.515 ニューサイエンス社
町田賢一 2013 「"イノシシ形土製品"」『富山考古学研究』紀要第16号 (公財)富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所
(細辻)


 
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