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二本榎にほんえのき遺跡-横穴式石室の系譜を探る-
 

 
古墳の築造規格ちくぞうきかく儀礼空間ぎれいくうかん
墳丘中心点と玄室対角線中点の合致
(網掛けは地山・旧表土)
二本榎遺跡で、平成23年度に確認調査を行った古墳は、横穴式石室を南東方向に開口させ、墳丘中心点と玄室げんしつ対角線中点を合致させるように設計・施工されました。羨道せんどう正面の周溝しゅうこう外側には平坦面が広がり、そこで葬送儀礼そうそうぎれいを行っていたと考えられます。

石室内への雨水流入を避けるため、羨道正面付近の周溝を狭く、深く掘削くっさくし、周溝に溜まった水は周溝から外へと続く溝で緩斜面かんしゃめんに排水していました。古墳を築いた集団は、雨水や地下水の対策を講じ、石室内と儀礼空間の良好な環境保持に努め、集団のシンボルとしての古墳を大切に保存していたのです。
 
 
横穴式石室の特徴
本石室の大きな特徴は次の3つです。
1 玄室と羨道の間にある仕切り石と、玄室の側壁最下段に他より大形の段丘礫だんきゅうれき(河川から運ばれ、堆積した地層に含まれた礫)を用いました。
2 段丘礫(河原石)積みの横穴式石室では最下段から平積みすることが多いなか、立てて据える腰石技法こしいしぎほうを採用しました。この技法は、県内初の確認例です。
3 仕切り石の頂部と床面の間には45cmの高低差がありました。埋葬空間を明示していたのです
横穴式石室実測図(網掛けは二次的に移動した石材)
横穴式石室実測図(網掛けは二次的に移動した石材)
 
 
横穴式石室の系譜と年代
6世紀後半から7世紀にかけて、全国的に横穴式石室をもつ古墳が多く築かれました。しかし、富山県内だけでなく、北陸(福井県・石川県・新潟県)を見渡しても本石室とよく似た例はありません。それは、この時期の横穴式石室は石室構造に地域性が現れただけでなく、地域で採れる石材に即して構築されることが多くなったことによります。
 
本石室のように玄室が狭長な片袖式石室かたそでしきせきしつとして、北陸には福井県おおい町畑村古墳石室、福井市法土寺3号墳石室、石川県白山市田地古墳石室、石川県野々市町上林古墳石室があります。このなかで、本石室のように礫(河原石)を使った田地古墳石室・上林古墳石室が注目されます。両古墳は約2.7kmしか離れておらず、石室構造も酷似することから、密接な関係にあったことがわかります。本遺跡の古墳を残した集団は、北加賀の小古墳を残した集団と、移住など何らかの関係があったと考えられます。石室構造の類似性から、本石室は6世紀末葉から7世紀前葉頃のものと推定できます。
 
1 二本榎遺跡SZ01石室 2 田地古墳石室 3 上林古墳石室
 
周溝に残されていた供献土器の年代やその埋没層、地元に伝わる土器の年代なども考慮すると、古墳は7世紀初頭前後に築造・初葬され、7世紀前葉・7世紀中葉に追葬されたと考えられます。さらに7世紀中葉から後葉に追葬された可能性もあります。つまり、少なくとも3回、最大4回の埋葬が行われたのです。初葬時の供献土器が1破片のみであることから、供献土器は1回目の追葬時までに片付けられたことがわかります。地元に伝わる土器は1回目または2回目の追葬の際、被葬者に添えて副葬されたものと考えられます。
 
   
石室内副葬品出土状態   供献土器出土状態   採集土器
 
 
富山県における横穴式石室の変遷
段階 時期 玄室が狭長な石室群 両袖式石室群
片袖式 無袖式
A.D.500
MT15型式期
   
A.D.550
TK10型式期
   
 
MT85型式期
TK43型式期
A.D.600
TK209型式期
   
   
   
 
A.D.650
TK217型式期
TK46型式期
富山県内では、6世紀前葉に地域首長(氷見市朝日長山古墳)やその関係者のみが横穴式石室を導入しました。6世紀中葉から後葉の空白期を経て、6世紀末葉から7世紀中葉頃にかけては少数ながらも普及しました。

二本榎遺跡の横穴式石室は、普及期における初期の事例で、片袖式石室としては最終段階のものです。古墳周辺の状況から、現状では単独墳の可能性が高いと考えられます。
 
 
古墳の歴史的意義
井田川流域の6世紀から7世紀の社会状況は不明瞭ですが、二本榎遺跡の古墳は7世紀初頭前後から徐々に開始された当地の開発を主導した集団のリーダーの墓と推定できます。7世紀後葉あたりまで半世紀以上にわたって埋葬が行われおり、その頃の開墾集落が近隣に存在する可能性が高いと考えられます。
 
参考文献
富山市教育委員会 2012 『富山市二本榎遺跡確認調査報告書−主要地方道小杉婦中線道路改良事業に先立つ確認調査報告−』富山市埋蔵文化財調査報告48
小黒智久 2013 「研究余話T 富山市二本榎遺跡SZ01の横穴式石室について」『富山市の遺跡物語』富山市教育委員会埋蔵文化財センター所報No.14


 
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