二本榎遺跡のあらまし |
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二本榎遺跡遠景(南から) |
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二本榎遺跡は呉羽丘陵の南西側、平野部から一段高くなる下位段丘上(標高59mから61m)に立地しています。 昭和26年刊行の森秀雄著『大昔の富山県』所収の「富山縣石器時代遺跡地名表」に登載されており、古くから知られた遺跡です。 |
遺跡の北東300mには小長沢古墳群があります。かつては6基の古墳があったと伝わりますが、現在墳丘が残るのは3号墳1基のみです。3号墳では須恵器が表採されています。また、北東600mには小長沢北塚があります。 |
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確認調査のあらまし |
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確認調査の様子(南東から) |
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平成23年度の調査は主要地方道小杉婦中線改良工事に先立つもので、遺跡の性格を見極めるのに詳細なデータを取るための確認調査です。 その結果、富山県内では類例の少ない古墳時代後期(1400年前)の横穴式石室をもつ古墳1基、溝、土坑などが見つかりました。 |
古墳は、直径14mの円墳で、古墳の中央部に棺を安置した横穴式石室、古墳の周りをめぐる溝(周溝)があります。後世の開墾等で墳丘と石室上部は失われていました。 墳丘の規模は長径10.4m、短径10.2mで、ほぼ真ん円の形をしています。墳丘盛土は地山から10cm程度残存します。土の盛り方は、墳丘の大半が失われているため、よくわかりません。 |
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横穴式石室 |
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横穴式石室(南東から) |
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横穴式石室は、左片袖式という形式で平面形はL字を縦長に伸ばしたような形で、下から2段まで石組みが残っています。 古墳の中央部から南側の周溝に向けて竪穴が掘られ、その後石を積み上げて石室を作りました。 |
石室の規模は竪穴が全長7.3m、最大幅2.0m、深さ0.3m、玄室(死者の棺を安置する墓室)部分で長さ3.7m、幅1.2m、羨道(外と墓室との通路)部分で残存するのは長さ2.0m、幅0.7mです。石室の主軸は西へ30度振れています。玄室と羨道の間には石が置かれています。床面は粘土をたたきしめた貼床になっています。天井石は失われています。 石室の遺物は、ガラス玉、刀子、須恵器壺か横瓶の破片が床面上から見つかっています。 |
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周溝 |
周溝は墳丘を全周しています。幅1.2mから2.4m、深さ0.2mから0.4mです。石室の入口である南側が丁寧につくられています。 遺物は周溝南半分の埋土下層から多く出土しました。出土した遺物は須恵器甕・壺・高坏・坏・蓋があります。 |
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大甕出土状況(東から) |
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高坏出土状況(北から) |
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石室に遺体を納め、周溝のまわりで死者を弔う祭祀をした後、周溝に廃棄したと考えられます。 出土須恵器の胎土を分析したところ、須恵器の土は、小杉の流通団地遺跡群No.16-2窯で焼かれた製品であるという結果が出ています。須恵器を近隣の窯から入手していたことがわかります。 |
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その他の遺構 |
古墳周溝から幅0.6mから0.7m、深さ0.4mの溝が、東西方向に伸びています。古墳周溝より後に掘られています。古墳周溝と交わる部分で須恵器の壺が出土しています。年代は7世紀初頭で古墳周溝から出土した須恵器とほぼ同じ時期です。 |
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古墳周辺出土の須恵器提瓶 |
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古墳周辺出土の提瓶 |
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古墳のあった畑では、過去に耕作の際に大きな石をずらしたところ、完全な形をした須恵器の提瓶が4点出土しました。このうち3点が現存しています。 今回の調査で出土した須恵器とほぼ同じ年代であり、この古墳の副葬品として納められていた可能性が高いものです。 |
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まとめ |
横穴式石室をもつ古墳時代後期の古墳は、富山県内では現在までに6基確認されています。この古墳は県内で7基目となります。
また、古墳の規模や形態、横穴式石室の構造、土器の供献された状況など、この時期の古墳の全貌が確認されたのは県内では初めてです。 |
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古墳の被葬者は、飛鳥時代以降に婦負地域を開発した集団のリーダーの可能性が高く、この古墳はそれら有力者の世帯墓であると考えられます。
この時期は複数の古墳が集まる群集墳が多く、やや離れた北東300mにある小長沢古墳群3号墳などとの関係も、今後調査・研究を進める必要があります。 |
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遺跡周辺は、弥生時代終末期から古墳時代前期にかけて、国史跡王塚・千坊山遺跡群など富山県内でも有数の首長墓が築かれました。しかし、その後の様相は不明でした。 |
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今回、この古墳が見つかったことにより、王塚・千坊山遺跡群が営まれた後の婦負地域の有力者の動きを解明する大きな手ががりになります。 |
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関連書籍(表紙をクリックすると全国遺跡報告総覧のホームページが開きます) |
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富山市教育委員会 2012
『富山市二本榎遺跡確認調査報告書』 |
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富山市教育委員会 2015
『富山市二本榎遺跡発掘調査報告書』 |
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