北押川B遺跡は、呉羽丘陵を東に望む境野新扇状地に立地する、平安時代(約1200年前)の生産遺跡です。古代越中国婦負郡に属し、鉄素材や鉄製品、木炭、食器(土師器)を作っていました。 |
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鉄生産工房 |
呉羽南部企業団地造成工事に伴う発掘調査で、製鉄炉(長方形箱型炉)の底面(炉床)を確認しました。隣には全長約14mの炭窯があり、下方の斜面にはさらに3基の炭窯が築かれていました。鉄素材づくりには多量の木炭を必要としました。 |
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遺跡遠景 |
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製鉄炉と炭窯 |
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婦負郡家の官営工房 |
境野新扇状地に集中する多様な古代生産遺跡群は、本遺跡に隣接する向野池遺跡を中核とした婦負郡の役所(婦負郡家)に属するいくつかの官営工房の一つでした。本遺跡を含む古代生産遺跡群がこの地に集積した理由は、雑木などの燃料を確保しやすい丘陵に位置すること、完成した製品の輸送の要となる幹線道路が南西約150mに存在したことによると考えられます。 現在、境野新扇状地の古代生産遺跡群の跡地は、呉羽南部企業団地として新たな歴史を歩みはじめています。この地は、工業生産の拠点となる重要な立地環境にあるのです。 |
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本遺跡の第1号住居からは炭化した屋根材が出土していないため、境野新遺跡の第1号住居のような土屋根ではなく、茅葺屋根だったと考えられます。空き家となった住居を焼却処分せず、茅を取り外して同じ場所で建て替えをしたようです。 |