「民芸」という言葉は柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎らが1925年に紀州での調査旅行中に思いついた言葉です。それまでの博物館、美術館では工芸品や美術品が展示され鑑賞の対象となっていました。
民衆的工芸すなわち「民芸」というまったく新しい考え方で収集した品物は、簡素で、自然の素材を生かした丈夫で長持ちの日用の雑器でした。彼らは、名の無い工人の極められた手仕事によって生まれた品に美を感じ、民芸品のための美術館を設立するために『日本民藝美術館設立趣意書』を発表し、1936年に「日本民藝館」が開館しました。
民芸運動は広がり、富山市にも1965年に民芸館が開館しました。開館には、柳宗悦(1889-1961)が富山に来訪の度に、交流のあった中田清兵衛氏の米寿を記念し、子息の勇吉氏が神岡の板倉を移築し市に寄贈したといういきさつがあります。建物そのものが民芸であるという構想のもと、民芸運動の中心人物のひとりである濱田庄司らの助言を得ており、気品ある空間が民芸美の殿堂としての風格を漂わせています。
本展では、民芸で伝えたい「用の美」に着目し、築100年を超える民芸館・民芸合掌館で、100年を超えて使用されてきた民芸品を中心に約150点を紹介します。
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