富山市民俗民芸村
 


 
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 民俗資料館だより

 
第1回 絵から見えてくるもの―シカブ(シカビ)・田植―

1.シカブ(シカビ)

 山などで使われた「シカブ(シカビ)」という民具があります。山での農作業や草刈りの際に蚊や(あぶ)、ブヨなどから身を守るための防虫道具です。

 シカブは藁づとの中にスベ(わらしべ)やわらびのほどろ、粟がら、ぼろ布などを入れたもので、それを腰に下げ、先端に火をつけいぶすことで、ブヨたちが尻などに入るのを防ぎました。資料館にあるシカブは全長93cmと80cmで、布を藁で巻いてあるものです。

 シカブは「尻下火」がなまって「シカブ」となったという説があります。また「スカブ」とも呼ばれたり、全国的には「カビ」・「カベ」と呼ばれたりすることが多いです。「スカブ」は「火蚊火」・「火株」、「カビ」・「カベ」は「蚊火」を意味します。他にも「カスベ」(魚津)、「ブテ」(南砺市臼中)、「ブトくすべ」(大阪府貝塚市蕎原)などの呼び方がされています。[1]
シカブ
館所蔵のシカブ
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2.描かれたシカブ

 さて、富山市郷土博物館にある江戸時代の絵巻の中に、このシカブが描かれています。

富山藩領山方絵巻
「富山藩領山方絵巻」(伝 木村立嶽(りゅうがく)、1853[嘉永6]年以降、富山市郷土博物館所蔵)
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 「富山藩領山方絵巻」は富山藩10代藩主であった前田利保(1800〈寛政12〉年生〜1859〈安政6〉年没、藩主在位期間は1835〈天保6〉〜1846〈弘化3〉年)の藩内巡視を描いたものと考えられていますが、婦負郡内の山々や村などの風景が忠実に写生されています。[2]

 この絵巻の中に田植をしている絵があります。前後の絵からおそらく富山市八尾町の山間部のものと推測されます。各人がシカブを腰から下げており、ここから山間地方の田植ではシカブを利用していたことが分かります。

<strong>絵の中のシカブ</strong>
絵の中のシカブ
3.祭りとしての田植

 この絵からはシカブ以外にもいくつか見えてくるものがあります。まず、田植を行っているのは全て女性であるということです。

昔、田植は単なる農作業ではなく神聖な祭りであり、主に「早乙女《ソトメ・ショウタメなど》」[3]と呼ばれる女性が行っていました。これは、人々が農耕と人間の生殖を結びつけて考え、[4]田植を「女性の生殖力を神に感受」してもらい、豊作を願うための儀式としていたことの名残だといわれています。[5]

 早乙女たちは大変華やかな格好で田植を行いました。『富山県史』民俗編によれば、花嫁は友禅や米沢の柄物の、丈は膝上までで、長い袂がついたものを着、赤い縮緬のたすきをかけ、背中で大きく結びました。帯はオタイコで、赤い腰巻を蹴出しにし、マイカケ姿、脚半・手甲は白木綿に赤い紐をつけ、笠は赤いズキアテをつけたアネマガサ(妻折笠)、といった出で立ちでした。年が寄るに従って少しずつ地味になり、上衣は絣系統、帯はオタイコから普通の帯、たすきも大きな結び目は作らず、腰巻は桃色・エンジ、手甲・脚半の紐は白、脚半は紺色、笠は菅笠、紐は黒。それでも平生の作業よりは華やかでした。[6]

 これらを参照の上もう一度絵を見てみますと、早乙女たちの出で立ちは赤いたすきをしているものの、手甲は着けていませんし、笠もかぶっていたりいなかったりなどバラバラで、それほど厳格なきまりはなかったように見えます。また、腰巻きも赤色や薄エンジ、紺色など様々な色のものが見られます。ただし、これらは年齢の違いから来るものかもしれません。

 また他にも、長い棒を田に差して立っている男性が見られます。宮本常一『ふるさとの生活』によると、中国地方の大田植では、「サゲシ」と呼ばれる音頭とりが「棒の先に紙のきったのをはたきのようにつけたもの」(「ボンデン」・「サゲヅエ」、田の神が来ると信じられていた)を田の中に立て、「サゲウタ」(「サンバイサマ」(田の神)をたたえる歌)を歌うそうです。[7]絵の中の男性はこの「サゲシ」に相当する人物とも考えられます。

 男性は非常ににこやかな表情をしています。田植歌を歌っているのかもしれません。田植をしている女性たちもどこか楽しそうです。田植を華やかな祭りとし、皆で田植歌を歌うことで、この過酷な作業を乗り切ろうとしている様子をこの絵から感じとることができるのではないでしょうか。

 この絵からは他にもいろいろなことが読み取れます。次回も引き続きこの絵に関連した収蔵品を紹介します。

※今回紹介したシカブと絵は本館1階ニワに展示してあります(絵はパネルによる展示)。

(文責:学芸員 能川志保)

[1]シカブ(シカビ)については、佐伯安一『富山民俗の位相―民家・料理・獅子舞・民具・年中行事・五箇山・その他』(桂書房、2002年)、p334336、柳田国男監修、民俗学研究所編『民俗学辞典』(東京堂出版、1983年改訂版[初版は1951年])、p115、宮本常一『ふるさとの生活』(講談社学術文庫、1986年[底本は未来社、1973年、第3刷、初版は朝日新聞社、1950年])、p15、文化財保護委員会『無形の民俗資料 記録 第7集 田植に関する習俗 2 茨城県・富山県』(平凡社、1967年)、p140などを参照。
[2]当該絵巻については、富山市郷土博物館編『特別展 描かれた近世富山展』(富山市教育委員会、1995年)、また、前田利保については、富山市郷土博物館編『特別展 お殿さまの博物図鑑―富山藩主前田利保と本草学―』(富山市教育委員会、1998年)を参照。
[3]前掲、佐伯著書、p417、『富山県史』民俗編(富山県編集発行、1973年)、p166。
[4]宮田登『宮田登 日本を語る11 女の民俗学』(吉川弘文館、2006年)、p45〜50。
[5]前掲、佐伯著書、p9417〜418
[6]前掲、『富山県史』民俗編、p114〜115
[7]前掲、宮本著書、p167〜169


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