米田大覚よねだだいかく遺跡

1 古代越中国の新川郡家
(富山地域)
富山市北部の神通川右岸扇状地上に立地する米田大覚遺跡は、奈良時代後半から平安時代前半(8世紀末から10世紀)と中世後期(14世紀から15世紀)を中心に営まれた集落・官衙かんが跡です。
 
 
平成7・8年度の調査
遺跡中央部で、分譲宅地造成工事に伴う発掘調査を実施し、掘立柱建物32棟、竪穴状遺構、井戸、溝、土坑などの古代の遺構を検出しています。掘立柱建物は4つの建物群に分けられ、南端の一群には5間×4間のひさし付建物を中心として10間×2間の長舎建物などがL字形に並び、古代郡衙ぐんが施設の郡庁域と推定されます。北側にも東西方向に棟 方向を揃えた建物があり、「館」や「厨家」の存在が考えられます。
調査区全景""
調査区全景
建物群は3時期以上の変遷がみられ、9世紀中頃を中心とした古代越中国の「新川郡家にいかわぐうけ」に相当すると考えられます。
 
出土遺物には、208点に及ぶ墨書土器(井、真、柴、茨、室、中、桑、道公、則天文字など)、緑釉陶器、灰釉陶器、石製帯飾り(巡方じゅんぽう丸鞆まるとも)、風字硯、陶製の枡、斎串などがあります。
出土遺物
出土遺物
 
 
関連項目
  米田大覚遺跡 2 中世の屋敷跡と銅製花瓶
 
 
関連書籍(表紙をクリックすると全国遺跡報告総覧のホームページが開きます)
  富山市米田大覚遺跡発掘調査報告書   富山市米田大覚遺跡発掘調査報告書
  富山市教育委員会 2006
『富山市米田大覚遺跡発掘調査報告書』
  富山市教育委員会 2009
『富山市米田大覚遺跡発掘調査報告書』
 
  富山市米田大覚遺跡発掘調査報告書   富山市内遺跡発掘調査概要6
  富山市教育委員会 2010
『富山市米田大覚遺跡発掘調査報告書』
  富山市教育委員会 2012
『富山市内遺跡発掘調査概要Y』