浜黒崎野田・平榎遺跡は、富山市北東部の常願寺川左岸扇状地上に立地し、海岸まで約1.5kmの距離にあります。縄文、弥生、古墳、奈良、平安、中世、近世の複合遺跡で、古くから野田踏切周辺では縄文土器や石器、玉類などが見つかっています。平成7(1995)年に県営圃場整備事業に伴って発掘調査を実施しました。 |
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調査では、縄文時代後期から晩期の土器捨て場と弥生時代後期から古墳時代前期の溝跡、土坑などを検出しました。 |
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土器捨て場は、遺跡の西側に広がる河川流路跡の傾斜を利用しており、深さ2m以上の堆積がみられました。約600平方メートルの範囲からコンテナー箱で400箱分もの遺物が出土しました。 |
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遺物には、縄文土器(深鉢、浅鉢、蓋、注口土器、赤彩や赤漆塗りのもの)、石器(石鏃、石匙、石錐、打製石斧、磨製石斧、磨石、凹石、石皿、砥石、石棒、蛇紋岩製管玉未成品)、土製品(円盤形土製品、耳飾り、土玉、有孔球状土製品、遮光器土偶の腕)、木製品(弓、刻みのある装飾木製品、先端を尖らせた加工棒、自然木など)、種子類(クルミ、トチ)などがあります。このうち円盤形土製品では、文様として表わされた列点の数から数字の配列を読み解くことができ、縄文人の数字認識を探る上で貴重な資料です。 |
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遺跡周辺(上空南から、←部分が土器捨て場) |
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円盤形土製品(左上)、耳飾り(右上)
蛇紋岩製管玉未成品(左下)、土玉(右下) |
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