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お迎え用ではありません

 過日、初めてネパールに行ってきた。機内からエベレストが見えないかと期待していたのだが残念ながら厚い雲に覆われていた。それでも首都であるカトマンズの熱気あふれる喧騒(けんそう)に驚かされ、圧倒されて帰ってきた。道路整備が不十分なうえに信号機が無い中をおびただしい数の車とバイクと歩行者がうごめいていた。時折、日本の協力により設置された信号機があるのだがまったく作動していなくて警察官が交通整理をしていた。ほとんどセンターラインも消えかけているような道路をまるで無秩序状態で大量の車が走行しているのである。案内してくれた人に聞いてみると、接触事故はあるものの人身事故はほとんど無いと言う。不思議な思いで交通の状態を観察しているとあることに気付いた。車のドライバーもバイクも歩行者もギリギリのところで微妙に譲り合っているのである。自分に優先権があると主張するのではなく、交通全体がスムーズに流れることを優先しているとでも言うべきか。つまりみんなが全体の利益を考えているのだろう。ひょっとしたら見習うべき文化ではないのかと思わされた。

 一方、富山の交通事情はどうか。富山は道路整備率、改良率、舗装率が全国でも比較的高い地域であり、歩道の整備も進んでいる。また道路交通法や条例などによって交通に関するルールが徹底しているし安全対策も施されている。ネパールとの彼我(ひが)の違いは大きいものがある。にもかかわらず人身事故が後を絶たないのは何故(なぜ)なのだろうか。ここに僕たちが考えなければならないポイントが潜んでいると思う。交通ルール上の優先権意識がはたらいたり、自らが譲るという意識よりも相手が譲るべきだという意識が勝っているということがあるのではないのか?全体の利益のためにお互いに譲り合うという運転姿勢が求められていると思うのだが…。

 譲り合うどころか、目を疑う運転姿勢のドライバーを見かけることさえある。最近話題になることが多いあおり運転がその一つだろう。車に乗ってドアを閉めた瞬間に匿名性が高くなり性格が急変して乱暴な運転に(つな)がっているケースも多いのではないだろうか。車体に運転手の住所と名前を表記しないといけないことにでもすれば良いのかもしれないな。

 以前にも書いたことがあるが、赤信号で止まるのが嫌で、交差点の角にあるお店の駐車場を勝手に斜めに横断していくという横着者も目につく。そのお店の利用者が歩いているにもかかわらず猛スピードで突っ切っていく車には(あき)れてしまう。猛省を求めたい。

 ちょっと趣きが違うけれど、富山駅の降車用駐車スペースの使い方に触れてみたい。富山駅には新幹線や在来線に乗るために車で送ってもらった人を降ろすためのスペースがある。電車の出発時間ぎりぎりに到着した人でも慌てずに降車できるようにと設けたものだ。ところがこのスペースで新幹線などで到着した人を迎えるために駐車している車が後を絶たない。お迎え用の車は別に設けられている20分間無料の駐車スペースを利用してほしいと思う。送車と迎車のスペースの譲り合いということだ。これから雪の日や雨の日が多くなると高校生を迎えに来た親の車のルール違反利用も増えると予想される。降車専用スペースがルール通り利用されることは富山のイメージアップにもなることから理解願いたい。

 過日、お迎えのために停まっていた車に出張帰りと(おぼ)しき男性が乗り込んだ瞬間に通りかかったので、迎えのために駐車してはならないときつく注意をしておいた。もう選挙には出ないと宣言した身としては評判が悪くなっても一向に構わないのだ。いよいよ令和の打擲(ちょうちゃく)おじさんの出番か?