第6回 ラダ・セメツカーさん(ガラス作家)

なぜ富山でガラスを教えようと思ったのですか?
 | <ラダ> 以前に勤めていたプラハのアカデミーで、富山のガラス造形研究所が大変教育のレベルが高く、設備も充実していると聞いたからです。それに、もともと私は応用芸術の観点からアジアの美術や文化に興味があったのですが、中でも日本には、日本人特有の美意識に裏打ちされた庭や建物が多く存在しています。そうした日本人の美意識を育んだ環境に直に触れてみたいと思ったのです。 一方で、私はずっとエングレーヴィング(*1)という技法で作品を制作しているのですが、逆にチェコで発達した技法を日本に紹介することで、新しい表現を日本の人々に伝えることができるかもしれない、と思ったことも理由の一つです。 |
実際に研究所に来てみて、プラハのアカデミーとの違いを感じますか?
<ラダ> 日本とチェコの教育システムは、長い目で見ればどちらも同じ方向を向いているのだと思いますが、それでもやはり大きな違いを実感しています。日本の場合は、在学期間が短い(*2)ということもあって、教えるペースが非常に速いというか、教える密度が非常に高いという印象を受けます。学生たちから作品に関する相談も頻繁に受けますし、講評会も数多く行われます。 |  |
それに対してプラハのアカデミーは、在学期間が6年間ありますので、学生たちの制作ペースは比較的ゆったりとしています。
先生たちも、時々学生たちにアドバイスをする程度です。また、プラハのアカデミーは芸術の総合大学ですから、ガラスに対して様々な造形分野からアプローチできるという点も、富山の研究所とは異なる点だと思います。
それから、プラハのアカデミーにはセカンダリー・スクール(*3)でガラスの専門知識を身に付けた人たちが入学してきますから、アカデミーでは最初からそれを踏まえた教育が施されることになります。もちろん富山の研究所にも別の学校でガラスを学んできた学生がいますが、プラハのアカデミーのように学生の大部分、というわけではありません。これも違いの一つだと思います。
いつごろからガラスに興味を持ち始めましたか?またそれは、ガラスのどんな部分に惹かれたのでしょうか?
 | <ラダ> 14才で普通の学校を卒業して、セカンダリースクールに進むときに、美術系の学校に進みたい、と思ったのが直接のきっかけです。当時はチェコが国の産業として今よりもガラスに力を入れていた時期だったので、国内の至るところにガラスの学校がありました。その中から実家に近いカメニツキー・シェノフのガラス学校を選んだのです。 でも、そもそもガラスそのものというより美術全般に興味がありましたから、今でもガラスと並行してペインティングやガラス以外の素材による彫刻作品などを制作しています。一方でガラスにはもうかなり長く携わっていますので、今後もガラスからは離れられないと思います。 ガラスが持っている表情で一番惹かれる部分といえば、やはり光を通す「透過性」ですね。 |
作品を制作するうえで、常に意識していることはありますか?
<ラダ> 当然のことですが、作品を単なる物質としての商品のように扱うのではなく、そこに何かしらのメッセージや思いを込めることは常に意識しています。私はシリーズとして器をモチーフに作品を制作してきましたが、それは販売とか機能とか、そういうことを目的としているのではなく、あくまで自分の気持ちを投影させるためのデザインであると考えています。 作品に込める具体的なテーマですが、私の場合は主に自然をモチーフにしたテーマが多いです。自然そのものをテーマとすることもありますが、自然との関わりという観点から、人間に対する思いをいわゆるメタファー(隠喩)として作品に込めることもあります。 |  |
富山ガラス造形研究所の学生たちに、ぜひ学んでもらいたいことは何でしょうか?
 | <ラダ> 学生たちの課題を見ていると、どの作品にも日本の伝統文化のようなものが息づいている感じがします。できればそういう部分をうまく引き継いで、作品として展開していってもらいたいと思います。ガラスというのは日本ではまだまだ新しい素材だと思いますが、そういう新しいものと、日本の伝統的な美意識がうまく融合するような作品ができれば、とてもすばらしいと思います。 私自身、日本の水墨画や書道に興味があります。私のやっているエングレーヴィングという技法は、時間をかけて、プロセスよりは仕上がりを重視します。一方でたとえば日本の書道は、仕上がりだけでなくプロセス自体も作品に含まれているような印象を受けますし、制作にかける時間も本当に一瞬です。そういった違いをうまく自分の中で消化して、日本の風景などを取り込んだ作品を制作してみたいと思っています。 |
(2008年10月、富山ガラス造形研究所にて)
※本文中の敬称は略させていただきました
*1…ガラスの加工技術の1つで、グラインダーと呼ばれる銅製の回転板にガラスを押し付け、表面に彫刻を施す技法。
*2…富山ガラス造形研究所の在学期間は、造形科2年、研究科2年。
*3…義務教育(小学校・中学校)後に進学する専門学校・高校の総称。チェコの場合、義務教育は通常9年間(小学校4年間、中学校5年間)で、専門学校は通常3.5年間、高校は4年間。
ラダ・セメツカー
1973年チェコ・テプリツエ生まれ。チェコのカメニツキー・シェノフ・ガラス学校、国立プラハ美術建築アカデミーでガラスを学ぶ(V・コペツキー教授に師事)。国立プラハ美術建築アカデミー講師を経て、2008年より富山ガラス造形研究所准教授。作品はプラハ装飾美術館(チェコ)、コーブルク美術館(ドイツ)などに収蔵されている。