富山湾周辺からはこのような大形のクジラ骨が出土したのは、北代遺跡(中期)と石川県能都町真脇遺跡(晩期)の2遺跡だけです。 江戸時代には、富山湾を回遊する小形のクジラやイルカを、追い込み漁によって捕獲したという記録があります。しかし、はるか昔の縄文人がそのような漁法でクジラを捕獲したかどうかは定かではありませんが、丸木舟を操り、いくつかの村々から集まって集団で追込み漁を行ったことは十分考えられます。しかし大形のクジラを捕獲することは現代にあっても容易ではなく、湾内に迷い込んだ大形クジラが、弱って海岸に漂着したものを解体したのだと考えるのが妥当と思われます。 |

北代遺跡出土鯨類椎体破片の推定部位(ドット部)
横式図は,ナガスクジラ(体長15m尾椎により作成)
出典:富山市教育委員会
『史跡北代遺跡発掘調査概要U』 1998年 |