吉岡遺跡は富山市の南部、熊野川の右岸に位置しています。縄文時代晩期末(約2300年前)から室町時代(約500年前)までの集落遺跡です。 |
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縄文時代(約2300年前) |
縄文時代晩期の集落は川ベリに営まれており、住居の石組炉2基、配石〔意図的に石を並べたもの〕2基、土坑3基などが見つかりました。 |
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1号石組炉は方形で、1辺が約90cmの大きさになります。各辺には4個から5個の河原石が使われており、地面に突き刺すようにして配置されていました。炉の中央部分には、厚さ約5mmの焼けた土が堆積していました。 |
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2号石組炉は円形で、直径80cmの大きさになります。1号炉とは直線距離で約9m離れています。炉石は1号炉と同様に河原石を用いており、地面に突き刺すように配置されています。炉の中央部分に厚さ約5mmの焼けた土が堆積していました。これらの炉の周辺に住居の柱穴は確認できませんでした。 |
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2号石組炉の北側に2基の配石があります。1号配石は長軸1.2m、短軸50cmの大きさで、長方形にかわら石組炉が配置されています。2号配石は形がはっきりしません。共に、石の平たい面を上に向けています。 |
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住居の炉の中や、その周辺には、大量の縄文土器や打製石斧・磨製石斧・石鏃・石皿・磨石・凹石などが出土しました。石斧は未製品が多く、ここで石斧づくりを行っていたようです。周辺には縄文時代晩期の集落がいくつか見られ、それらとの関係が注目されます。 |