堀Tほりいち遺跡

鎌倉から室町時代の墓地跡
(婦中地域)
鎌倉から室町時代の墓地の跡で、塚状遺構と配石墓の2種類があります。このうち塚状遺構は、一基の塚の内部に多数の蔵骨器を埋納する珍しい形態の墓であり、平成10年5月1日に婦中町の史跡に指定されました。
塚状遺構を十字に掘って調査
塚状遺構を十字に掘って調査
五輪塔
五輪塔
塚状遺構は、長辺約9m、短辺約7m、高さ約1.1mの大きさで、石を積んで築かれています。塚内部には、13世紀から14世紀の珠洲焼や八尾焼などの壺や鉢を使用した蔵骨器が多数埋納されており、なかには火葬骨が入っていました。そのほかには祭祀に使用された中世土師器の小皿が出土し、塚の上には五輪塔や石仏が見つかりました。 
一方、配石墓は一辺1から1.6mの長方形の区画内に1人ずつ埋葬されていたと考えられますが、蔵骨器は見つかっていません。 
発掘された配石墓
発掘された配石墓
 
当時、墓の多くは穴を掘って埋葬するだけの土壙墓でした。それに対して墓を石で区画し、陶器製の蔵骨器を使用した堀T遺跡の被葬者たちは他を優越する立場であったといえます。熊野神社周辺の集落遺跡群を居住域とした人々のうちでも有力な家族の墓と推測されます。