富山市の位置等
富山市は富山県のほぼ中央から南東部分までを占め、北には豊富な魚介類を育む富山湾、東には雄大な立山連峰、西には丘陵・山村地帯が連なり、南は豊かな田園風景や森林が広がっています。 市内には神通川や常願寺川など大小の河川が流れ、古くから川で結ばれた文化圏を形成しています。海の幸に恵まれた富山湾から登山家たちを魅了してやまない3,000メートル級の山々までが織りなす自然の姿は、世界第一級の景観をなしています。
地勢と人口
| 距離 | 東西 60.6km 南北 44.0km(国土交通省国土地理院北陸地方測量部河川港湾課) |
| 面積 | 1,241.85平方キロメートル(国土交通省国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」) |
| 人口 | 421,890人(平成22年国勢調査〈速報値〉) |
| 世帯数 | 159,066世帯(平成22年国勢調査〈速報値〉) |
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富山市の沿革
富山市の平野部は、豊かな農耕地帯として、また北陸道などの交通の要衝として古くから栄え、たびたび戦乱の地になっています。 安土桃山時代には佐々成政が富山城に入城し、治水事業を手がけ、農業がますます盛んになりました。 江戸時代になると富山藩十万石が置かれ、薬業や和紙などの産業が奨励され、飛騨街道や北前船航路などの交通・物流網の整備や越中売薬の独特の商法も相まって「くすりのとやま」として全国に知られるようになりました。 明治以降、県庁所在地として、また北陸初の水力発電所が建設されるなど、豊かな電力を基盤とした工業のまちとして順調な発展を遂げましたが、昭和20年8月の空襲により市街地は壊滅的な被害を受けました。 戦後、都市基盤の整備や産業経済の進展により、現在では日本海側有数の商工業都市として発展してきました。 また、平成8年には旧富山市が中核市に移行し、平成17年4月には、富山市、大沢野町、大山町、八尾町、婦中町、山田村、細入村の7市町村が合併し、新しい「富山市」が誕生しました。 平成18年4月には、全国初の本格的LRT富山ライトレール開業、平成19年2月には、富山市中心市街地活性化基本計画が国から第1号の認定を受け、平成20年7月には、国の「環境モデル都市」(全国で6都市の1つ<現在13都市>)に選定されました。 さらに、平成21年12月には、富山市内電車環状線が開業、平成22年3月には、全国初の自転車市民共同利用システムの運用を開始しました。 これら本市の二酸化炭素削減と中心市街地活性化への取り組みに対して、平成23年1月には「低炭素都市づくりベストプラクティス大賞」、2月には「日本クリエイション大賞 2010大賞」に選ばれるなど高い評価を受けています。
富山市の産業等
富山市は全国的に「くすりのまち」として有名ですが、近年は環境、バイオ 、IT関連産業の育成に努めるとともに、立山連峰や越中おわら風の盆といった観光資源をいかした、観光産業の発展にも取組んでいます。 また平成26年度の北陸新幹線開業を見すえた富山駅周辺整備や中心市街地の活性化や地域の特性を生かした各種事業など市民と行政との「協働」によるまちづくりを目指し、さまざまな施策を展開しています。
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