瓦の生産
(3)百塚遺跡出土の赤瓦
 
神通川に面する高台にある百塚遺跡では、2地点で近世瓦が出土しました。
瓦にはいぶし瓦と赤瓦あかがわらがあります。
燻し瓦は本瓦ほんがわら丸瓦まるがわらです。
赤瓦は本瓦と桟瓦さんがわらがあり、本瓦には丸瓦、桟瓦には巴唐草軒瓦ともえからくさのきがわら(小巴文+唐草文)・平瓦ひらがわら・伏間瓦があります。
燻し瓦は、丸瓦内側に布目の痕を残し、その上から薄い板の小口面こぐちめんで幾度も叩いて整えています。このような整形方法は、富山城本丸出土の富山藩期いぶし瓦に同じものが見られます。
赤瓦のうち丸瓦は、富山城千歳御門ちとせごもんと比較することができます。規格では、富山城瓦長28.5cm、頭幅15.2cmに対し、百塚瓦長27cm、頭幅(推定)14cmで、一回り小さいです。玉縁部たまぶちぶは、先端幅が富山城瓦では9.6cm、百塚瓦では約4cmであり、百塚瓦がかなり狭く絞った形状です。釉薬ゆうやくは、百塚瓦は光沢がほとんどなく、富山城瓦は光沢が強い。内面の整形方法は燻し瓦と同じで、たたき痕の深さが百塚瓦は浅く(写真1)、富山城瓦は深い(写真2)といった細部の違いがあります。概して百塚瓦は丁寧ていねいさに欠けます。
 
写真1.百塚遺跡丸瓦凹面(部分)
写真1.百塚遺跡丸瓦凹面(部分)
写真2.富山城丸瓦凹面(部分)
写真2.富山城丸瓦凹面(部分)
 
次に、桟瓦の軒平部の文様を比較すると(写真3)、基本的な文様構成は、百塚瓦と富山城瓦は同じです。中心飾りは5弁の菊花文きっかもんで、左右に立浪文(波濤文)があります。百塚瓦の文様は細く平滑へいかつでないが、富山城瓦は幅広く断面が半円形という違いがあります。
写真3.桟瓦軒平部文様の比較(左:百塚、右:富山城)
写真3.桟瓦軒平部文様の比較(左:百塚、右:富山城)
なお百塚瓦の範型はんがたは、文様の傷や木目跡からみて、木型が使われました。
胎土分析たいどぶんせきの結果によれば、百塚瓦のうち赤瓦の粘土産地は、富山城千歳御門赤瓦の粘土産地と全く同じではないが、近接していると推定されました。このように、百塚瓦と富山城瓦は、規格・製作技術・粘土産地において、少しずつ違いがあります。
(古川)
✔MEMO
胎土分析とは
焼き物の原料である粘土の成分構成により、粘土産地の推定や焼成した窯の特定等を可能とする理科学的分析法。三辻利一氏がパイオニアとして研究を推進している。当初須恵器のみを研究対象としたが、富山市の事例をもとに縄文から近世までの土器・陶磁器に応用し、流通社会復元等の研究に貢献している。