富山城瓦の変遷


1期 慶長後期(利長隠居期)
〔特徴〕出土した軒丸瓦の直径は14cm、厚みは3.9cmを測る非常に分厚いものです。花弁を表す円形部表面は平らで、断面形は台形のものと角を削って円くしたものの2種があります。台形のものは、中心花弁の大きさに違いがありますが、江戸加賀藩邸や伏見聚楽第出土「金箔有軸梅鉢文」と似ています。今回出土した無剣梅鉢文は金箔を施すことを想定していた可能性が考えられます。
軒平瓦の文様部は、均整のとれた唐草文様のみで描かれています。それ以前の中央文様+左右対象唐草文のスタイルから逸脱した文様といえます。
唐草主軸の流れ方から2種類の文様が使われていたことがわかりました。反転して範を直していたと考えられます。
 

2期 江戸前期
〔特徴〕本瓦葺きで、銀色主体の燻し瓦です。軒丸瓦の瓦当文様は丁子梅鉢文で、花弁の断面形は半円形になります。
 

3期 江戸後期
〔特徴〕桟瓦葺きで、銀色主体の燻し瓦です。軒丸部分の厚みは1.2cmから1.8cm、平瓦部分は2cm弱です。丸瓦部分の瓦当文様は丁子梅鉢文、軒平部分の文様は梅花+忍冬唐草文になります。
 

4期 幕末期(千歳御門瓦)
〔特徴〕本瓦葺きで、越前産と推定される赤瓦です。軒丸瓦の瓦当文様は丁子梅鉢文で、花弁の断面形は半円形になります。軒平瓦の瓦当文様は菊文+菊葉文で、系統が不明の文様です。
このほかの赤瓦として、鬼瓦部分や、箕甲と呼ばれる屋根の端にある曲面部分の瓦(番号を印刻した袖丸瓦・軒丸瓦・平瓦)、箱棟胴瓦、割熨斗瓦などがあります。
 

5期 明治以降
〔特徴〕桟瓦葺きで、褐色の釉薬がかかった瓦です。丸瓦の瓦当文様は軸の長いやや変形した丁子梅鉢文が施されます。
(稲垣・古川)