石垣見学会から
(2)石垣の断面からわかること

石垣の断面構造は、内部に土塁どるいがあり、積石の裏には栗石ぐりいしと呼ぶ小さな川原石が詰められています。栗石は排水や揺れを吸収するなど重要な役割をもっています。
解体工事を行っている鉄門西石垣の北端面(3工区)は、絵図によると慶長期には土塁であったところを、富山藩初期に石垣造りに変更した部分です。

石垣の断面構造の観察から、この部分の石垣は大きく4期にわたる変遷が認められました。それと、西側(堀側)への拡張の事実が明らかになりました。
1期は、土塁の下半部で、下は粘土主体、上は砂礫と粘土を互層にして積んでいます。高さ3mで、栗石は含まれていません。
2期は、土塁上半部の栗石と造成土が交互に重なる版築状部分。このような版築状の積み方は寛文改修期に築造された搦手石垣内部でも認められました。
3期は、江戸から明治頃の西側栗石部分
4期は、明治以降近代の石積+薄い栗石部分 と区別されました。

断面の観察の結果、1期は石垣をもたない、慶長10(1605)年前田利長築城期の土塁部分に相当すると考えられます。このことは、絵図により推定された、寛文改修期の土塁から石垣造への変更を裏付ける事実として重要です。
また地層の傾斜などから、慶長期土塁から寛文期石垣への変更は、それらの中心線の位置が約3mほど西側へ移動し、曲輪部分が西に広げられたことも明らかになりました。
(古川)
鉄門石垣北端の土塁断面
鉄門石垣北端の土塁断面