藤居山富山寺
富山寺ふせんじの概要


藤居山富山寺とうきょさんふせんじは、富山城下町の古鍛冶町ふるかじまちに所在する真言宗の古刹こさつです。
山号の藤居は、かつて存在した藤居(藤井)村に由来するとされます。
富山寺の開基は、神亀元(724)年僧行基ぎょうきと伝えますが、大同元(806)年とする説もあります(『越登賀三州志』)。
普泉寺ふせんじ縁起に、藤居庄藤居里に藤居山医王院富山寺とあり、明徳年中(1390から94)から普泉寺と名乗ったようです(『越登賀三州志』)。

万治から寛文期(1658から73)においては、富山寺とよばれていました。『万治年間富山旧市街図』、寛文三年『御調理富山絵図』(富山県立図書館蔵)によれば、当時は西側に南北街路があり、西が正面だったと考えられます。

元禄6(1693)年6月には、普泉寺薬師堂より出火し、客殿・庫裏くりが焼失しました(『吉川随筆』)。

享保10(1725)年『寺院御印拝領地等記』(2)には、「普泉寺 九百弐拾五歩」とあり、富山藩から拝領した寺地約3,058平方メートルのことを書き上げています。万治から寛文期絵図で復元できる寺地は、約3,120平方メートルです。

天保2(1831)年には、富山城下町火災(浜田焼)で本堂は類焼しました。
明治43(1910)年には、寺号を富山寺と改めました。

本尊は薬師如来で、富山城鎮守山王権現(現日枝神社)の本地仏ほんじぶつとされます。
『越登賀三州志』中「医王院」の呼称や、『越中旧事記』中「普泉寺(薬師堂)」の表現から、かつて天台宗寺院であったことも想定されます。
(古川)