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各藩主墓前の墓前燈籠は、基数にかかわらずほぼ単一型式で、10代利保墓のみ4型式があります。全体の高さは、当初作られた利次墓の79.1寸を基準に80寸前後、71.9寸から86.3寸で、平均80.6寸です。
各部材ごとの特徴は次のとおりです。
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(1)宝珠 |
宝珠は六代以降つぶれた形が多くなります。請花は初代から五代にかけ単弁の高さが増してゆき、六代以降は、八代と十代の1型式を除いて二重の弁に変化し、弁数が6から12、弁形も多様化します。
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(2)笠 |
すべてについて軒反はなく、軒高が十代以降低くなる傾向にあります。
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(3)火袋 |
2段に彫られる火口は、七代以降内側の段が隅丸方形になるものが出てきます。2面は円窓で、概ね径が小さくなる傾向にあります。
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(4)中台 |
下端の蓮弁は先端の反りが小さくなり、六代以降は薄くなります。弁の先端に浅い彫込を入れるのは五代までで、類似した彫込が十代の1型式にのみみえます。三・四代のみ子弁が二重となっています。
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(5)竿 |
中節の断面が半円形から2本の溝切に変化するのは九代以降です。 |
竿に刻銘があるものは、十代利保墓で、拝所手前右側の1基に「御廟前」・「寶壽院」、墓所入口側の1基に「寛隆院殿」・「御廟前」・「瑶臺院」と楷書で彫られ、それぞれ字体が異なります。後者は「寛隆院殿」とあり八代利謙の法名を記しているので、元来は利謙墓の墓前燈籠であったと思われます。これは十代4型式のうち、10(3)型式のみが宝珠請花の蓮弁が二重になっていないなどの特徴が、八代の型式と近似することからもわかります。「寶壽院」は、十代利保の正室、瑶臺院は、八代利謙の正室長子です(「富山侯家譜」)。
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(6)基礎 |
反花に間弁が現れるのは三代以降です。六代以降弁の厚みが薄くなり、先端の反りがないものが多くなります。 |